牡鹿半島漁業再生に向けて

関東支援連合です。こんにちわ。

 

たくさんのボランティア団体が、震災直後から

物資の運搬・泥カキ・炊き出しなどの活動を行ってきました。

 

私たちもそうです。

 

しかし、7月ごろ、私たちは決めました。

「物資の配布支援はやめ、復職支援に重点を置く。」

 

2011.11の今、twitter等ではたくさんの暖房器具を呼びかける声を見かけます。

必要なのはわかります。反対や意見はしません。

ボランティアは人それぞれですし、それも必要な活動でしょう。

 

が、私達が心配するのは「今ストーブを送って、春に進学用品を送ることになりはしないか?」ということです。

私たちは

ストーブが買えない原因の解決をする=復職支援・経済的自立のサポート に注力することで、本質的な解決や改善を目指します。

 

 

それが、「牡鹿半島漁業再生プロジェクト」です。

 

被災された方々が1日でも早く支援物資に頼らない生活を取り戻せるようなお手伝いをしたいと考えています。

 3.11その日・・・海は・・海と共に生きて人たちから、すべてを奪いました。

 

瓦礫だらけになった、海をじっと見つける父の姿に、「絶対に、また海へ送り出す!」

と・・・心に決めた娘がいました。

 

その浜での、たった一人の犠牲者は、実の妹・・・

荼毘にふされる妹に「かきの復活」を誓った漁師がいました。

 

家も、船も、養殖設備も・・・家族の命以外・・すべてを流された漁師は、足を切断しても

難病と必死に、闘う幼い娘の為に、津波に負けない強い背中を、見せようと再び海に

出る事を心に決めました。

 

その日、仕入れた魚を積んだトラックで、必死に高台に逃げた男は、食べるものも、飲むものさえもない、避難所で魚をさばき、干物を作り、仲間の為に拾ってきた道具で、料理し

みんなの笑顔に、この牡鹿の魚を、また全国に届ける覚悟を決めました。

 

遠く離れた、都会から・・・津波に押し流される故郷に、涙し・・愛してくれた人達の為に

美しかった、故郷を取り戻そうとする人がいました。

 

 

 

その・・小さな声に、「俺たちに任せろ!」と立ち上がった者達は、瓦礫に埋もれた・・かつては美しかった海を見つめ、この町に本当の笑顔を、取り戻す為に 立ち上がる決心したのです。

今!その全ての思いが、一つになります!

 

現地の漁師の生の声を聞いてください!!そして・・・

 

私たちと一緒に、笑顔の溢れる港にする為に、皆様のお力をお貸しください。

牡鹿半島漁業再生に向けて、多くの皆様の応援をお願いいたします
牡鹿半島ポスター[1].pdf
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